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東京高等裁判所 昭和25年(う)5067号 判決

控訴人 被告人 斎京米蔵

弁護人 川島英晃 大竹太郎

検察官 稲葉厚関与

主文

本件控訴は、これを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人川島英晃作成名義の別紙控訴趣書と題する書面竝に弁護人大竹太郎作成名義の別紙控訴趣意書と題する書面記載の通りであるから、いずれもこれを本判決書の末尾に添付しその摘録に代え、これに対し次の通り判断する。

弁護人大竹太郎の控訴趣意書一、の(一)について、

原判決が原判示事実を認定するにつき上野周吾、原田建二、渡辺幸三、松村一作の副検事小林寅雄に対する各供述調書を援用していること竝に右各供述調書中には、供述者に対しあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げた旨の記載のないことは所論の通りである。しかし刑事訴訟法第二百二十三条第二項は検察官、検察事務官、又は司法警察職員が、犯罪捜査の必要上被疑者以外の者を取り調べる場合には、同法第百九十八条条第一項但書及び第三項乃至第五項の規定を準用する旨規定し、特に第二項の規定の準用を除外していることから考えると、被疑者以外の者の供述を録取するに際しては、供述を拒むことができる旨をあらかじめ告げる必要はない趣旨であると解することができるのであつて、右上野周吾、原田建二、渡辺幸三、松村一作は、いづれも被告人に対する本件衆議院議員選挙法違反事件については、被疑者として取り調べられたものではなく被疑者以外の者として取り調べられたものであるから、その供述内容が、各供述者自身の衆議院議員選挙法違反の事実に関するものであるにしてもあらかじめ供述を拒むことができる旨を告げる必要はないものといわねばならないのである。蓋し、被疑者以外の者として取り調べられる場合においては、未だその供述に依り自己が刑事責任を問われる段階に立つていないと共に、犯罪の捜査についてこれらの者の協力を必要とする点が考慮されねばならないからである。しかのみならず、右各供述調書には、いずれも各供述が任意に供述し、且つ録取後読み聞かせられた上誤りのないことを申し立て署名押印していることが認められるのであるから、右各供述調書はいづれも任意性のある適式の調書であり、刑事訴訟法第四百二十一条第一項第二号のいわゆる「検察官の面前における供述を録取した書面」に該当するのである。しこうして、原審第三回公判調書に依ると、上野周吾、原田建二、渡辺幸三、松村一作は原審において本件につき証人として尋問を受けた際いづれも、本件犯罪事実に関する事項の尋問に対しては、その供述が自己の有罪判決を受ける虞あることを理由として刑事訴訟法第百四十六条に依り証言を拒絶したことに関する証言を拒否したに止まるものとは認められないのであるが、同法第三百二十一条第一項第二号にいわゆる「その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明、若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき」とは、その供述者を証人として公判準備又は公判期日に喚問することが不可能であるか、又は喚問してもその供述を得ることができない場合を指称するもので、必ずしも厳格に右列挙の場合に制限して解釈しなければならないものではなく、供述者が公判期日において同法第百四十六条に基き、証言を拒否したため、その供述を得ることが不可能の場合においても、右列挙の場合に準じその者が検察官の面前において任意になした供述を録取した書面は、証拠能力を有するものと解するを相当とすべく、従つて右上野周吾等の各供述調書を右の場合に該当する証拠能力あるものとした原審の解釈は相当であるとしなければならない。又右各供述調書を各供述者が公判期日において証言を拒否したことの故を以て同法第三百二十一条第一項第二号の列挙する公判準備若しくは公判期日において供述することができないときに準じ証拠能力を有するものと解するにおいては公判期日における供述と、これら供述調書中の供述を対比検討するに由なきため、同号但書所定の公判期日における供述よりも検察官の面前における供述を信用すべき特別の情況の存否を調査することが不可能となり、かくてこれらの供述調書は、右の特別の情況の存否の調査を俟たずして証拠能力を有することとなるのであるから、原審が所論のように検察官に対し右各供述調書中の供述を信用すべき特別の情況の存在を立証せしめないで、これを証拠能力ある供述調書としたとしても所論のような違法はない。

同弁護人の控訴趣意書一、の(二)について、

原判決が原判示事実認定の証拠として被告人の司法警察員埴田綾吉に対する供述調書を援用していること所論の通りである。しこうして所論の原審第八回公判調書中証人斎藤秀治の供述記載によれば、被告人は、昭和二十四年二月八日急性胃腸カタルに罹り、医師の診察を受け、三日分の頓服を服用し同月十日十一日の二回に鎮痛剤の注射を受けていたことを認めることができるが、その病状は取調に堪え難いものではなかつたことは、同証人の右供述記載に依り明らかであり、且つ右公判調書中証人埴田綾吉の供述記載に依れば、被告人の司法警察員埴田綾吉に対する供述調書記載の供述は、被告人の病状のため、その任意性に影響を及ぼすことはなかつたことを認めることができるから、被告人の右供述調書は所論の事由に依つて任意性を欠くものではなく、これを原判決が原判示事実の証拠に援用しても違法ということはできない。しからば、原判決には所論のように書証の証拠能力に関する訴訟上の違法はなく論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

弁護人大竹太郎の控訴趣意

一、原審判決には判決に影響を及ぼすこと明かな訴訟手続きに関する違法がある即ち原審判決は被告人の犯罪事実を認定するにつき左記の各供述調書を証拠として援用したがそれは下述の如く書証の証拠能力に関する刑事訴訟法上の違法がある

(一)上野周吾、原田建二、渡辺幸三、松村一作の副検事小林寅雄に対する各供述調書

(イ)右各供述調書に就いてはその記載自体から明かな如く所謂参考人調書の手続きで取調べ作成されたものであり各供述者に対して刑訴法第一九八条所定の供述拒否権のあることを告知しなかつたものである

然し乍ら本件各供述調書の内容自体から明かなるが如く取調べ事項は何れも各供述者自身に関する選挙法違反事件の犯罪事実に関するものであり純然たる参考人に対する取調べではなく実質上は正に被疑者に対する取調べであるかゝる取調べに際しては取調官は憲法第三八条所定の人権尊重の趣旨に基づく刑訴法第一九八条所定の供述拒否権を告知すべきが当然なるに拘らず同法条を誤解して純然たる参考人取調べと混同して所定の供述拒否権の告知をなさず取調べ調書を作成したことは明かに法令に規定した重要手続きを欠いたものと云わねばならぬ果たして然らば本件各供述調書の如きは刑訴法第三二一条一項二号所定の「検察官の面前に於ける供述を録取したる書面」としての適格を有しないのみならず同条同項同号但書所定の「信用すべき特別の情況あるとき」なる要件は猶更否定さるべきものであると信ずる

(ロ)又更に本件各供述調書はその各供述者が原審に証人として出廷した際自己が有罪判決を受ける虞れある事項に関して刑訴法第一四六条により証言を拒否したところ検察官は刑訴法第三二一条一項二号によつて右各供述者の証言に代えて証拠として提出したものであるが右法条によつて証拠能力が存するためには「供述者が同条列挙の各事由によつて公判期日に供述することが出来ないか又は前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたとき」に限られるのである

しかるに本件に於ては各証人は一部の事項に関する証言を法令によつて拒否したにとゞまるのみであつて斯る場合にはその事項に関する証言がなかつたのみであつて前の供述と相反するか若くは実質的に異つた供述をしたと見るべきでないことは勿論右法条が明細に列挙している供述が得られなかつた各事由にも該当しないことは右法条自体の文理解釈上誠に明かであると云はねばならぬ

云うまでもなく刑訴法第三二一条は憲法第三七条二項に規定する直接証拠主義に対する特殊の例外を規定するものなるに鑑み最も厳格に解釈すべきにも拘らず本件の如く証人が法令に規定された権限に基づいて証言を拒否したる場合にまで拡張解釈するが如きは憲法の規定する直接証拠主義の根本原則を蹂躙するも甚だしきものと云はねばならぬ

上述の如く本件各供述調書の各供述者が公判に於て証人として一部証言を拒否した理由によつて前記法条による証拠能力を認めることは出来ないと信ずる

(ハ)上述の外本件各供述調書が証拠能力を持つには刑訴法第三二一条一項二号但書によつて本件各供述調書に「信用すべき特別の情況」がなければならぬ特別の情況なるが故に単に検察官が普通の状況に於て取調べたと云うだけでなくその供述を信用すべき異例の情況が存することを要するものであり且つ又この「信用すべき特別の情況」の存在につき異議がある場合(第五回公判調書参照)に当然その提出者に於てこれを立証すべきであるに拘らず原審に於ては検察官に対して何等この点に関する立証をなさしめず殊に本件各供述調書は(イ)に於て詳述したる如くその取調べ手続きに重要なる法令違反があるに拘らずこれを看過し漫然と証拠に採用したるも斯る調書は右法条の要件を欠くものとして当然証拠能力なきものと信ずる

(二)被告人の司法警察員植田綾吉に対する供述調書

右供述調書は「原審第八回公判における証人斎藤秀治医師の証言」によつても明かな如く当時被告人は急性胃腸カタルにて引続き右医師の治療を受けその病状は腹痛は継続的であり身体は衰弱して臨床尋問に漸く耐え得られる程度なるに拘らず留置を継続しつゝ取調べをなし作成されたものでありその供述は到底任意になされたものと云うを得ないのである

上述の如く原審判決はその取調べにつき重要なる手続違反がある且つ又刑訴法第三二一条所定の要件を欠き証拠能力を否定さるべき(一)記載の各供述調書並にその供述の任意性につき疑ある(二)記載の供述調書を被告人の犯罪事実認定の証拠として援用したるものとして当然破毀さるべきものと信ずる

(その他の控訴趣意は省略する。)

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